忌野清志郎という歌手は、死後なお多くの人間を魅了しているけど、私はあの声と歌い方と顔と髪型と化粧が嫌いで、大きな声では言えないが全然好きじゃなかったんだよね。
でもみんなアレこそがロックだって言うじゃん。だから、そういうもんなのかと思ってたわけです。
中々難しい話になるけど、ロックって反体制なわけじゃん。反体制なのにテレビに出ないとメッセージが伝わらないのかなって話になるじゃん。
革命家名乗るならやっぱテレビ出て認知度を上げていかなきゃいけないわけじゃん。
でも、誰だっけ・・・名前が出てこない・・・ええとええとバンクシーだ。都内のどこかにネズミが傘さしてる落書きが「バンクシーのものかもしれない」っていう話を受けて小池百合子がしたり顔で「東京にも来てくれました」って一緒に写真撮ったじゃん?あれ完全に小池百合子の勝利じゃん?
あーいうのと同じで、夜のヒットスタジオ?とかに出てる時点でもう負けなんだよ。
負けなのか、「利用してるだけ」だっていうのかは断言できないけど、利用もされてる時点で負けなんだよロックは。ロックじゃないじゃんだって体制に利用されたら。
タイマーズの「FM東京の歌」を見て思ったんだよね。
アレだって守られた中での、大人の事情に甘えた、ただのつまんないパフォーマンスなのにあんなにもてはやされてキメえなって思いました。
偽善者なんて言葉、全然響かないし。それどころか罵り言葉として、忌野清志郎は「おまんこ野郎」という言葉を使ったんですよ。女性器が罵り言葉として存在しているのはキリスト教圏だけだったけど多分それを日本語でも流用したんだろうと思う。多分深い意味はない。それくらいの理解しかない。
だけど女性器を偽善者を罵るために使うのはもう全然ロックじゃないし反体制でもない。全然異方向。
というわけで、顔が嫌い=全部嫌い という私の断定は信用できるんだなって思いました。
結局自画自賛で終わった。
