アメリカ大陸ネイティブの言葉に、「言葉は、魔法だった。」的なものがある。望むことがあればそれを言葉にすれば叶ったという様な内容だった気がする。
私は結構その思想に同意するところがあって、しかも世界中のあちこちで人間活動をしている人が同時多発的に同じような考えに至っていることがちらほら見て取れることがある。
例えば英語でスペルspellと言ったら、音を並べて言葉を作り、唱えることだし、それはつまり魔法の呪文を唱えるのと同じわけで。日本だと言霊っていう言葉になってて、ちょっと言霊だと発話者の主体性が消えちゃうから日本語だとちょっと違うかなあとか思ったりするんだけどさ。
あまりこういうのを「信仰」として語るとスピリチュアルな世界に突入しちゃうから、魔法だの呪文だの言霊だのいう言い方は好きじゃないんだけどさ。
何が言いたいかというと、あまりに日々、痒いので、痒いときは掻きながら「かゆいかゆい」と言っているので、ふと、言いながら「これ発語することによって脳に痒みを言い聞かせているのでは?」と思ったわけです。
スイッチング掻法(あれ?そんな名前だっけ、自分で提唱しといて忘れた)に近いアレなんだけど、要するに自分の脳に言い聞かせる内容を変えていくわけです。
痒いではなく「痛い」にしたところ、家族メンバーからものすごいひんしゅくを買いました。うるさいと。あまりにマイナスな症状を声に出して言うのはよくない。そして本当に痛い時に相手にしてもらえなくなって困る。
仕方が無いので「ハッピー」という、かゆみから最も遠そうな言葉を唱えることにしました。
これは決して痒みではない。ハピネスである。今自分が行っているのは痒みを昇華させる行為ではなく、ハピネスを思い出すことだと。
うおおかゆいいと思いながら声に出して「ハッピー!!!ハッピイイイイイ!!!!」
とやっていたらですね。
家族メンバー全員に「ヤバい」と言われました。でもねでもね!!!痒み、治まるよ…?ほんとだよ…?
ほんとだよ……!?
開祖名乗る日、待ったなしカナ★
