朝、鏡に映った自分のぼさぼさ頭と、カーディガンの裾からはみ出たシャツを見て、あ、これだと思ったわけです。
真面目なのが大事なんじゃなくてきちんとしていることが大事なんだなと。つまり私は髪の毛を暖かい両手でギュウギュウ押さえつけ、シャツの裾をズボンの中にしまいました。
ズボンはその際降ろさなかった。偉いから。
ようするに私はあらゆる点において適当でいい加減なので、こう、もう少しきちんとしていかないとなって思った次第であります。
しかし私を表す言葉がいい加減だのだらしないだのテキトーだの、なので、きちんとすることは非常に神経を使うことであります。ちゃんとしてるだろうかと常に神経を尖らせてビクビクしながら生きる。
こうするしかない。ん?まてよ…?社会がきちんとしすぎているのでは…?
