浦和には須原屋という本屋さんがあります。そこまで言うほど大きな本屋でもないけど、7階建てで、結構な規模の本屋さんです。当時一階の奥にあった、大きくはない洋書コーナーは、雑多というか、ジャンルを問わないというか、割と幅広い人たちに対応しており、そこで私は一生懸命物色しては必死で洋書を読んだわけです。
オースターはそこにありました。ムーン・パレスというタイトルの本で、どんなのかしらって中を開くと、ムーン・パレスというのはダイナーの名前っぽいっていうのが分かりました。輸入の洋書は安くなかった時代です。小一時間迷った挙句、購入を決めました。時間はかかりましたが、一生懸命読みましたよ。
最後の最後以外はとても好きなストーリーだったので、もう少し読もうと思いました。日本語に翻訳されているものが全然見つからず、オースターの発見者みたいなちょっとした優越感に浸ったりして、「ニューヨーク・トリロジー」を読みました。そしてそれがまたとても良かったので友人にも読ませようと思って、ルーズリーフに翻訳を書き始めました。書いている途中で職業翻訳家の出した「シティ・オヴ・グラス」を本屋で発見した時のガッカリ感よ。ああ、もうすでに翻訳が出ておったのか・・・(ガクー)
ま、まだだ、まだシティ・オヴ・グラス(ニューヨーク・トリロジー(三部作)の一番最初の話)しか出ていない!大丈夫だ!今のうちに他の物を読むんだ!!
って、Mr.Vertigoとか、ティンブクトゥとか一生懸命読んでいた矢先のことです。
柴田元幸現る。
現れた。
柴田元幸は、ムーンパレスをはじめ、ものすごいスピードでオースターの作品を翻訳し出版し始めました。
私が読むスピードを簡単に凌駕するその東大出身のニューヨーク留学経験を持つ文学者はオースターの文章を的確に訳し、しかもニューヨークの空気を知る人にしか出せないニューヨークっていうかオースターそのものって感じの翻訳本を次々と出版しました。いや、今でもしている。
どうしても受け入れられない気持ち、わかる?分かってくれる?
いや、別に翻訳家になりたいわけでもないし、オースターを日本で独り占めしたいわけでもないんだ。分析してみると、私が強く欲しがったものを当たり前のように持っている人が居て、さらっとやってのけられたのが悔しいしショックだったんだと思う。今でも柴田元幸が翻訳したオースターは読まないって決めてるほどですよ。彼の出しているMonkeyだか何だかそういう感じのタイトルの雑誌はめっちゃ読んだ。
まぁとにかく悔しくて読めないの!仕方ないの!
そんなポールオースターが、デビュー前に出したというポール・ベンジャミン(ミドルネームやて。映画「スモーク」の作家もポールベンジャミンだった)の翻訳が出たという記事を読みました。書評はとりあえずいいことしか書かないから、超面白いって書いてあったよ。私は翻訳家をチェックしたのは言うまでもない。
なんかしらないやつだった。

読んで少しして、何度かヒヤッとさせられました。

アンソニー・ホロヴィッツの探偵小説はとても面白いと聞いたので、上下巻あったかどうかは思い出せないけど、翻訳を買いました。しかしながら、1ページめくるごとに出てくる「いささか」の文字。あたまが狂うううううう!!!!頭マジ狂うほど出てくる「いささか」の文字。しつっこい!!!何度「いささか」を使ったら気が済むのか。
編集者はこの翻訳を読んで「いささか」が多すぎませんか?って思わなかったの??校正の時点でいささかを別の語にコッソリ変えたりしなかったのなんでなの?!?!??!
あまりにしつこくいささかが出てくるので私は原作も買いました。そして原作者がしつこく同じ表現を使っているのをリスペクトしたのかなって思って確認したわけです。そしたら全然いささかに当たる語を使ってなくて、全部違う表現で、もうそこで私は怒髪天をついちゃったわけです。
最後までイライライライラしながら読んだ(読んだのかよ)。
同じ理由で野崎なんとかの訳したサリンジャーは読めなかった。なぜ一部の翻訳家は「いささか」ばかり使いたがるのか。何故なのか。
何故なのか(繰り返し)
まあとにかくこの本にあと3回、「いささか」が出てきたら読むのやめようって思いながら読みました。この後は2回ほどしか出てこなかったかな。とにかく最後まで読みました。
オースターの話はよく野球が出てくるんだけど、私は野球はルールも知らんし、どのチームがどんな風に勝っても負けてもどうでも良いのですが、80〜90年代のニューヨーカーを語りたければ、野球を見ないのはやっぱりダメだと思うんですよ。
でも幸い、私は中学生の時、友達と一緒に東京ドームに野球の試合を見に行ったことがあるんですよ。巨人阪神戦。
だからギリ、野球の感じはわかる。(野球の感じ)
ムーンパレスみたいな本とも、いわゆる「ハードボイルド」な本とも違う、優しめな探偵小説でした。
大雨の中の、湿気を含んだウールの匂い、煙草の匂いなんかが心地よいとあって、そこで私はムーンパレスを思い出しました。
隣に並んでいた、柴田元幸翻訳のオースターは買わなかった。