No music, no life

音楽に依存しているというか、提供される音楽を消費しているだけ(に見える)な人々について、ファッションだろうと思っていた時期がありました。

まぁ、音楽がなくなるというのは事実上無理な話で、例えばデズニーの「リトルマーメイド」は意味分からんけどポセイドン(海の王)が音楽を一切禁止したんですよwwww

ありえなさ過ぎてデズニ―出禁にするとこだったけどなんとか子供達にはそれがいかにありえないことかを説明し、いかにこの「音楽」というものが日常の瞬間瞬間に存在しているのかをとうとうと聞かせたものです。

そもそも、言語がもう音楽と言ってもいい。音楽禁止=喋るの禁止と同義。音も出すの禁止。無理すぎワロタ。

出している音全てにイントネーション、アクセント、母音、子音が存在している時点でもう音楽禁止出来ねえのよ。しかもなんだポセイドン、禁止理由「妻が死んで悲しいから」ってきもちわりいなデズニーはよお。っていうか水中で音楽やるならイルカサウンドだろうがよお。

まぁそんなわけで、いわゆる音楽というのはあまりに人生そのものなわけです。

ただ、ヒトが何らかの手段を用いて演奏したものを録音、そのメディアを再生したものを聞かなきゃ死ぬみたいなのの気持ちが全然分からなかったんだけど、最近全然「個人的な」曲を聴くチャンスが無くて、正確に言うとイヤフォンを忘れて出かけることが増えて、イヤフォンで個人的に聴く音楽が不足していると感じることが増えたわけです。

イヤフォン持って電車に乗っても外の音は常時聞いているので何なら音楽を流さずにイヤフォンだけしてることもあるほどなんだけど、それでも「いつでも聞ける」っていうのとそうじゃないのはストレスの度合いが随分違うなあと思ったわけです。え、なんでだろ。割とストレスフルな雑音を音楽で上書きする、みたいなことやってるうちにストレスを音楽で分散する癖が付いちゃったのかな。

まぁ、それで、割と遠くに行くときとかイヤフォンが無いとガタガタ震えるので出先で1000円未満のイヤフォンを買ったりするようになり、「これって、ひょっとして、ノーミュージックノーライフ状態では?」って思ったわけです。

どちらかというとノーイヤフォンノーライフ?

鼻歌も自由に歌えないこの国じゃ、仕方がないことだね。

(そこそこ大きな鼻歌を歌いながら歩いていたら上司がすぐ隣に居た今朝を思い出しながら)